3月半ば、新型コロナウィルスの感染流行予防のために西ヌサトゥンガラ州政府は州内の観光地の閉鎖を発表した。
あれから約一か月。
観光客向けに、主にシュノーケリングのワンデイ・トリップを提供していた夫のアディは、仕事がなくなってしまった。
*
はじめは2週間閉鎖の予定だったので、夫も周りの人々も、厳しいけど感染が広まるよりはいいだろうという程度に考えていた。
7・8月の観光のトップシーズンにお客様がきてくれればいいと思っていたはずだ。
私はいろいろと情報収集を試みた。
この状態は1ヶ月やそこらでは終わりそうにないと感じた。
夫には「多分長くなるよ」とだけ伝えた。
2週間たってみると、やはり事態は収束するどころか悪化していた。
私たちの島への観光客のほとんどは欧米からだ。
その欧米では、9月まで学校を閉鎖するところもでてきた。
バリ島やギリトラワンガン・ギリアイルから観光業界やその界隈で働いていた人々が続々と村に戻ってきた。解雇・失業がほとんどだ。
残念だけど今年の7・8月も諦めないといけない。
2018年の地震で失った観光客がようやく戻ってき始めたところだったけど。
コロナウィルスも年単位の話だが、観光業界の立て直しを考えると、ちょっと気が遠くなる。
私自身は、旅の楽しみや価値が色褪せることはないと考えている。
どんなにバーチャル体験ができるようになっても現地で生で体験するのとは一線を画する。
なので、コロナウィルスから端を発する、おそらく何年間かに渡る大きな大きな波がおさまると、またお客様もいらっしゃるだろう。
だが…そこまで無職のままでは、我が家はもちこたえられない。
しかも、アフターコロナにいらっしゃるお客様のご要望と今のお客様のご要望が同じかどうかはわからない。おそらく旅の質、旅に求めるものは変化しているだろう。これまでと同じようなやり方は通じなくなりそうだ。
まぁこれは後々変化を見ながら対応するとして、当面の生活を考えなければならない。
4月に入ったころだったか、暇を持て余して夫は不機嫌そうにしていた。
「業種かサービスの形態をかえたほうがいいと思うよ」と夫に話した。
我が家は夫の収入だけで生活しているので、夫の収入が途絶えると私達の生活も破綻する。
貯金もほどんどありませーん。もって二ヶ月。
このままぼんやりと「お客様こないねぇ」と言ってる余裕はないんだよ。
夫は、そうは言われてもどうすればいいのかわからない。
下のような顔をしながら、夫はこの話から何度も逃げた。
私の夫は気楽にのんびり平和に日々暮らしたい人間だ。
そして自分が稼いで家族を養うことに喜びを感じている。
だから、仕事はないわ差し迫ってお金のことは考えないといけないわの現状は大きなストレスなのだ。
私もそのことはよくわかっている。
あまり話が重くならないように気配りはしたけど、私も器が大きなときばかりじゃないのよ。
全く話にならず、私は何度も、「家族になったのに家族としてやっていく気がないんならいつでも離婚しますので、どうぞ」というスタンスは見せる羽目になった。
それでも、夫は、私との話し合いからは逃げた。
そんなに怖いのかよー、私。
これでも、すっごくすっごくやんわり伝えているんだけど。
私が悶々としていた頃、どうやら夫は一人でゆっくりと考えていたようだ。
政府が観光地の閉鎖を発表してから約一か月がたった今日(4月16日)、私たちはもう一度話し合った。
夫にとっては、ほとんど脅されたような気持ちで話し合いの席についてくれていたのかもしれない。
私もすぐに怒ったり感情的になったりしないように気を付けた。
それに、夫の気持ちをよくよく聞くことにも心を砕くつもりでいた。でもうまくいかずに途中ですぐ怒ったので、夫は私の変化は感じていないかもしれない。
いったんケンカのようになり小休憩。
夜に「さっきはごめんね」と話したら夫アディはボソッと呟いた。
「僕、漁師になるよ」
「え、あ、そうなの?いいやん!」
「アグス(キャプテン)もやりたいって」
「おお!じゃあ二人で漁師だね」
2018年8月の地震のあと、夫は仕事がなくなって鬱っぽくなった。
そのとき、私は借金をして船を作った。
仕事ができれば夫はイキイキするだろう。
万が一仕事のお客様が戻ってこなくても、船があれば大好きな釣りができる。
お金になるならないは二の次で、夫に生きがいがあるかどうか、だ。
私も夫が鬱でいるより好きなことをして楽しく過ごしているほうが嬉しい。
それで少しでも収入が入ってきたら万々歳だ。
あー、船作っててよかった、ホント正解だった!
船の借金をどうやって返していくかはまた考えないといけない。
だけど、まぁそれはそれ。
今は夫が早く頭を切り替えてくれたことと、アグスが付いてきてくれたこと、船があることに感謝しよう。
漁師アディ&アグス、誕生おめでとう。
海で守られますように。
釣りを楽しみながらイキイキ働けますように。
(Midori Rahma Safitri)
追伸:松下幸之助の妻・むめの夫人の言葉をまとめた本を参考に読んでいた。
難儀もまた楽し 松下幸之助とともに歩んだ私の人生 (松下むめの)
夫を支えるヒントがあったらなと思っていたけど…むめの氏は想像以上で、本当に夫の事を考えていないとここまでできないなぁ。現代風にアレンジしないととても無理な部分もあったが、すごいなぁと思うことしきりだった。
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